ピアノ騒音殺人事件と小泉毅容疑者

1974年8月28日、県営住宅に住む大浜松三は階下の奥村宅に侵入、ピアノの練習をしていた子供2人と母親を殺害し、襖に「謝罪の言葉がない」等の苦情を書き散らし逃亡した。事件前から大浜は奥村家でのピアノの音がうるさいと苦情を訴えていたが奥村家では特に対策をとっていなかったため、大浜は奥村一家がわざと騒音を立てていると思い込むようになり凶行に及んだ。大浜は自殺を試みるが失敗し、3日後の8月31日に出頭して殺人容疑で逮捕された。
(中略)
大浜は以前からステレオやペットの鳴き声などで近隣住民とトラブルになったほど悩まされており、事件直前には窓やドアの開閉音すら苦痛に感じて、通院するほど精神的に追い詰められていた。

階下の住人がピアノ練習をするのは、自分への嫌がらせ行動だと妄想に及び、ついには殺人に至った事件。ある種の人格異常、精神異常だった。この大浜松三被告は死刑判決を受けたが、いまだ執行されていない。それはおそらく高裁では無期懲役減刑されていたからと思われるからである。しかし大浜被告は自ら控訴を取り下げたため、一審の死刑判決で確定した。

小泉毅容疑者がペット(野良犬)を保健所に殺され、その殺害行為への報復を元厚生事務次官にまで繋げた。その支離滅裂な論理は一般人にはとうてい理解できないのだが、精神異常における妄想とは、えてしてそういうものである。

横浜市緑区のアパート大家らによると、小泉容疑者は90年代前半、1階の部屋に住んでいた。トラブルがあったのは近くの寺。住職(46)は「午前6時ごろ鐘を突いたら、(この部屋の男性が)文句を言いに来たと記憶している」と話す。その後、役所の担当職員が騒音測定器を持って寺を訪れ、測定後「(鐘がうるさいと)通報があったが、問題ありません」と説明したという。
(中略)
一方、95年春まで住んでいた広島市。マンション隣室に住んでいた女性(39)は94年秋以降、夜テレビを見ていて部屋の壁を何度もたたかれた。小泉容疑者の嫌がらせで、大音量で音楽を流されたこともあったという。

さいたま市の建築会社の3階にある会議室に突然、乱入してきた男はフルフェースのヘルメットを振り回しながら、机を何度もたたき、社長に罵声(ばせい)を浴びせた。2003年冬のことだ。男は小泉容疑者。顔は紅潮していた。

この会社は当時、小泉容疑者が1998年から住むアパート周辺で建物の新築工事を進めていた。小泉容疑者は、騒音を理由に工事中止を要求してきたという。この日はいったん引き下がった小泉容疑者は、翌年3月、深夜に社長宅に電話をかけてきた。

「おい、電話に出ろ。起きてんやろ。お前が、おれに嫌がらせをする悪の根源か。ただじゃおけんからな。覚えておけ」。家人が電話に出ないと、留守番電話に脅迫ともとれるこんなメッセージを吹き込んだ。

数日後の深夜、バイクのクラクションが社長の自宅前でけたたましく鳴った。小泉容疑者が社長の名前を連呼しながら「出てこい」とどなりちらしていた。通報で警察官が駆けつけると、「作業員に自転車のタイヤをパンクさせられた」と一方的にまくし立てたという。しかし、これを最後に嫌がらせはやんだ。

小泉毅容疑者は、過去に何度も騒音問題でクレームをつけている。建設業者に対しては、夜中に直接幹部や社長の自宅に行って、原付のクラクションを鳴らし続けたりするなどの嫌がらせ行動も行っている。この直接自宅に押しかけるというのは、今回の元厚生次官連続殺傷事件でも表れた行動パターンだ。

結局今回の連続殺傷事件は、政治テロでも秋葉原型の無差別殺人事件でもなく、人格異常、精神異常者の犯行だった。